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原水禁世界大会

原水爆禁止世界大に、国分寺原水協の代表団4人と一緒に行ってきました。
1日目東京を8時23分発の団体臨時列車にのり広島にお昼すぎにつきました。
そこからは各自で会場のある広島県立総合体育館・グリーンアリーナに広島電鉄を使い向かいました。
天気は台風の影響かあまりよくありませんでした。
会場につくとすでに多くの人がおり賑わっていました。
大会が始まり、海外代表が紹介され、17か国77名の方が見えすばらしいメッセージを送られました。その中のメッセージでフィリピンに米軍基地を造る計画があると聞き沖縄と同じ思いをしているところもあるのだなと思いました。
日本各地で来年にNPT再検討会議に核兵器全面禁止の署名の活動報告がありました。北海道の七飯町では町民の60%の署名がありました。このような報告は来年のNPT再検討会議にむかって大きな力になると思いました。
夜は東京土建の夕べの会があり、多くの方が参加して大いに交流が持たれました。
2日目は分科会に参加しました。天気は曇りのち雨で、この大会で雨がふったのは46年ぶりだったそうです。
私が希望した分科会は『動く分科会15 碑めぐり・遺跡めぐり・被爆の実相学習会』です。そこでは、1日目の東京土建の夕べで知り合った杉並支部の仲間と一緒に回ることが出来たので良い時間を過ごすことが出来ました。
午前中は被爆体験者の話と被爆体験継承者のお話を聞きました。原爆ドームがなぜあのようになったのかお話しがありました。ドームの外側の屋根は鋼板でできており、核爆発の熱で一瞬にして鉄骨だけが残ったとのことです。その外の屋根は核爆発の熱が膨張してできた風速440キロメートルでほとんどの建物が押し潰されたそうです。火災は約1時間後におきたそうです。あってはならない事で、2度と起こしたくない事だと思いました。
午後は15人1班にわかれ碑と遺跡めぐりをして広島城の台本宮跡と地下通信路と本川小学校平和資料館などを廻り、多くの惨劇のお話を聞きました。
夜は国分寺代表団と分科会の交流を持ちました。岩国基地調査行動と呉基地調査行動は天候が悪く見えにくい中での説明が行われたそうです。
3日目は雨でした。原爆の子の像のところに折鶴をおさめ広島市原爆死没者慰霊式会場を見ました。多くの人が献花をしていました。
その後閉会式に行き、国連及び政府の代表の方のメッセージがありました。今現在、爆弾は19,000発有るといわれています。なくすには若い人たちの力が必要だといっていました。
今まで平和運動をしてきたと思っていましたが、今回広島大会に参加させていただき、原爆、水爆、原発の禁止をもっと多くの人に伝えなければいけないのだと思いました。
広島は69年たった今、町はきれいに元通りになりましたが、被爆にあわれた方の心と体は今でも治らないのです。
このことをもっと多くの人に伝えて世界中の人々が平和で笑顔の絶えない世の中にしたいと思いました。

国分寺第1分会
荒幡 重雄

原水禁世界大会

  1. 2014/08/10(日) |
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